あひるなんちゃら次回公演

日程:
  2019/09/12〜16
会場:
  下北沢 駅前劇場
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情けは人の為ならず
お通夜と告別式に行って来ました。

とにかく遺影が最高でした。在りし日の伯父の最高の笑顔。あとで聞いたところによるとドイツ旅行をしたときの一枚とのことでした。そこがドイツである証拠に伯父の手には生ビールが。あれ?遺影ってビールとか入るっけ?だいたいご本人のバストアップのみしか写ってないと思うけど、最近は違うのかな。生ビールと伯父の顔がだいたい同じ大きさだし、もし漫画のふきだしをつけるとしたら「おう!お前も飲め!」しか考えられないけどいいのかな?、とも思いましたが、でも、本当にいい笑顔だし、素敵な遺影でした。ここでお見せできないのが残念。これが、親族にも大好評で、うちの妹なんかは「私もああいう遺影にしてもらいたい。」と言ってました。本当にちょうどよく面白くて、本当にいい笑顔だったんですよ。

そんな遺影の話題で持ちきりの中、お通夜が始まりました。

司会の女性が、悲しいムードを過剰に、そして劇的に、盛り上げるようなトークを繰り広げていたのが、やや気になって、このセリフ書いたの誰だよ、あと司会の人の演技がでかすぎるよ、などの職業病的なことを思ったりもしましたが、まあ、それ以外は普通に進行していきました。

そしてみんなで食事になるわけですが、ここで、この間のブログに書いたバニーガールの件が、うちの妹本人から語られました。どうやら、私の記憶違いだった部分もあったようなので、ここで訂正させていただくと、「会員制のバーのようなところで、しかも、女性の店員が全員バニーガール」ではなく「会員制のクラブのようなところで、和服のホステスが数名いて、その他の女性の店員がバニーガール」だったそうです。妹は私とまったく同じ切り口と展開でこの話をしてたので(こんなところが似てんじゃねえよ)、最終的に「こういうところに二十歳そこそこの女性である姪っ子を連れていく?おかしくない?」というつっこみで話が終わったわけですが、それを聞いた叔父が「あー、あの店か、たしか座るだけで3万だな。なかなかああいうところに行くこともないだろうから、人生経験として連れて行ってくれたんじゃないかな?」とフォローしてたんですが、みんな「3万!?」ということが気になってしまい、あんまりフォローが効いてなかったのが面白かったです。


翌日の告別式でも、お通夜に引き続き司会の女性のトークが気になったんですが、まあ、それはいいとして。昨日よりさらに多くの親戚が集まって、お経を聞いたり、棺の中にお花を入れたり、それを車に乗せたりして、そして、火葬場に向かいました。

火葬場について、誰かが「あれ?おじいちゃんの時もここじゃなかった?」と言いました。実は私も、なんとなく「あれ?ここ、来たことある気がする。」と思っていたので、やっぱりそうだよな、と思って。祖父が亡くなったのは私が小学生の頃なんで、記憶としてはうっすらなんですよ。でも、まあ、人生初の葬式体験なので、印象はとても残っているわけです。だから、間違ってないと思うんですけど、当時から大人だった人たちはもう老人なので「え?そうだっけ?」みたいな感じで、本当のところはわかりませんでした。「ほら!あそこらへんで!叔父さん『親父ぃ!』っつって号泣してたじゃん!」とか言いたかったけど(小学生の私は、大人もあんなに泣くことがあるんだ、と思ったので強烈に覚えている)、言ったら怒られそうなので深く追求しなかった、っていうのもありますが。

で、焼いている間、またみんなでご飯を食べている時に、喪主である従兄の挨拶がありました。「親父に一番言われたことは、友達を大事にしろ、っていうことでした。情けは人の為ならず、という言葉もあるくらいだから、結局は自分に返ってくるんだ。と、それは本当に何百回も言われてきました。」まあ、わりとおちゃらけてブログを書いてますけど、これは私も心に刻んでおこうと思いました。それ以外の話も、非常に感動的かつ、みんな思っていることは一緒なんだなと思える素晴らしいスピーチでした。なので、とっても心が震えたし、涙ぐんだりもしたんですが、同時に「うちの父親が死んで私が喪主をするとなったら、こんなふうな良い話がねえよ、面白エピソードしかねえよ。」とも思ってしまいました。


終わってから、従姉のかおちゃんと、うちの妹と、飲みに行きました。故人を偲んでいろいろ話したりもしたんですけど、最終的に「自分たちの老後が心配」という話になったので、私たちも年を取ったなあ、と思いました。そして「じゃあまた来月、四十九日の時に」といって別れました。

みんな思っていることは一緒、というのは、そこで。やっぱり伯父さんは、自分の死が迫ってきたときに、こういう桜の時期にみんなで集まればいいじゃん、と思って、いやコントールできるようなことではないかもしれないけど、それでも、やはりこの時期を選んでくれたのではないか、とそう思ったのでした。あと、おかげさまで、従弟の1人は「社員になって二日目で忌引きを使う」という、今後会社の信頼を勝ち取るのがかなり難しい状況になってました、面白かったです。えいじおじちゃん、いろいろ、ありがとう!

posted by: 関村俊介 | 09:08 | comments(0) | trackbacks(0) | 雑記・日記









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